四半世記

感想文ページ(ネタバレあり)

小糸侑は七海燈子のなにを好きになったのか ‐ やがて君になる感想(3巻)

そうだよね侑は

(3巻13話から)

 

やがて君になる3巻の感想について

1・2巻の感想はこちら

 

 

3巻の粗筋

3巻のほうの本筋は非常に明快で、侑が燈子先輩のことを好きになるというもの。

それ以前からもう好きだったんじゃないかという話もあるけれど、はっきりと描かれるのは16話の「号砲は聞こえない」というエピソードから。

 

物語の始まりにおいては誰のことも特別と思えないという侑が決定的に変わる瞬間で、1巻からの変遷をみるととても感慨深いものがある。

その一方、1巻のラストで予告されていた「失うもの」がはっきりしてきて、侑との関係を楽しんでいる燈子先輩を無邪気にみてられなくなってくる。

 

 

13話「降り籠める」

3巻部分での侑と燈子の関係は、2巻ラストのエピソードで形成されたものが延長されている。

侑は燈子の望む形である、燈子のことを嫌いにならない・他の人のことを好きにならない、そして言外に含んだ「燈子のことを好きにならない」という形を守ろうとする。お互い言葉にはあらわしていないのだけれど、燈子の隠された願いについて侑は正確に把握していることとなる。

その一方、燈子は侑の「特別を知りたい」という願いについては気がつかないまま。

 

この不均衡な関係が最も如実にあらわれているのが13話の降り籠めるのエピソード。

燈子は侑に甘える、「嫌われたらどうしよう・・・って 大丈夫?」と直接聞いて逃げ道を塞いでしまうほど。これは侑が指摘する通りこれを聞くこと自体が一番の甘える行為で、これをしてしまうのは相当ずるい。

一方の侑側は「嬉しかった」と言おうものなら「嬉しかったってどういう意味?」とまで返されてしまう。

 

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このセリフは四角囲いで表記されているから、燈子が直接発したわけではないと思う。あくまで侑がそう読み取ったという位置づけ・・・実際に燈子がそういうふうに思ったのかどうかはわからない。

10話の言葉は閉じ込めてのエピソードで、燈子に踏み込めば燈子は離れるということを侑は痛感しているため、燈子の気持ちに対して忖度しようとしている形になっている。

(アニメ8話だと発しててもおかしくない雰囲気だし、このセリフは燈子の本心として描かれていそうな感じだったけれども)

 

この強弱のつけ方はまさに恋愛強者。

燈子は侑にべったりなようにみせかけて、自分の完璧な外面を守るためには侑への気持ちを切り捨てられる。

君の前でただの私に戻るのは居心地がいいけど・・・

みんなの前で特別でいることはやめられない

(2巻10話)

この駆け引きを無意識にやってしまうのが沙弥香をも惑わせる燈子の天然ジゴロな部分でずるい部分。

この駆け引きの勝利の結果、自分は「好き」という気持ちを堪能しつつ相手にはそれを許さないという不均衡な関係が生じた。

この不均衡な関係は侑にすごく負担がかかっているように見えるし、後の展開を考えると実際にそうなのだ。

 

燈子先輩ひどい人・・・

と言ってみたくなるけど、一方的に燈子が責められるべきかというとそれも違うかなと思う。

片方が恋愛的な意味で好きでもう片方がそうではない関係というのは、一般的には成立しうるし必ずしも歪んだものと断じることはできない。そもそも「やがて君になる」という作品は恋愛は誰もが当然に落ちるものではないというところを出発点にしている。

dengekionline.com

2巻発売前の頃の作者インタビュー

『1巻発売後の反響、「恋愛する気持ちがわからない」主人公が受け入れてもらえてホッとしてます』

 

なぜ燈子と侑の関係が歪になるかというと侑が「特別を知りたい」という気持ちを隠していることにも原因がある。侑もその時はそうするしかなかったのだからこれが間違いではないのだけれど。

じゃあ燈子は侑のそういう面に気づくべきじゃないかと言われると、その見方も恋愛に忖度しすぎているような気もする。

燈子も侑と出会うまでは1・2巻のころの侑と同じ「好き」を知らない人間だった。そして、侑の誰のことも特別に思わない面を知った瞬間にすべてが変わった。自身が劇的に変化したからこそ、侑が少しずつ変わっていくことに気づかないのかもしれない。

 

でも、侑にも劇的に変わる瞬間がついに訪れる。 

 

16話「号砲は聞こえない」

 

侑が燈子のことを好きになった決定的瞬間は、16話の燈子が走っているカットになる。

 

別に誰を抜いているわけでもなく、ただ燈子が走っている姿。

燈子が誰かより優れている点を好きになったわけではなく、勝っても勝たなくてもいい体育祭のリレーのようなものに勝とうと努力する姿。

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キスをされてもなにも感じなかった侑はもういない。

 

侑はいつの間にこうなったのか。

1・2巻の展開を振り返ると、侑は完璧でない燈子が完璧であろうと努力するところをみたときに距離を詰めようとしている。

本当は弱いくせにたった一人で演じきろうなんてどこまで意地っ張りで不器用なんだ

あの人が助けを求められるのがわたしだけだとしたら

(1巻5話)

5話は、燈子が侑を好きな理由が明らかになった話であり、侑が燈子の近くにいようと決めた話でもある。

でも、この時点ではまだ好きという感情には遠い。

わたしは本当のあなたを知ってて

それでも一緒にいたい

好きになりたい

(2巻10話)

10話で、はじめて侑が燈子に執着をみせる。

ここでいう「本当のあなた」は、姉になろうと努力している燈子。

そんな燈子への心配の気持ちと、侑自身の特別を知りたいという欲求が10話の侑を動かしている。

だから、侑が燈子に対して抱く気持ちは、姉になろうとして時に無理をしているようにみえる燈子への心配が出発点になっている。13話の独白の「甘え上手は妹属性なのかな」という独白もその方向から。

 

その一方で、13話では侑は燈子といることを「嬉しかった」と言っている。

このセリフが何を意味するかというと、侑が燈子の素の面(と侑が思っている面)に対してポジティブな感情を抱いているということ。心配だけではなくて、好意的な気持ちが育ってきた。

 

そして16話のシーン。

部活対抗リレーのようなお遊びみたいな種目でも真剣になって勝つというのがみんな慕われて中心にいる姉、燈子が思い描いている姉の姿。思い描いた姉になろうとする燈子。それが16話の走るシーンに集約されてる。

姉になろうとする燈子に対して侑が心配以外の気持ちをもつ、これが侑にとっての特別であり好きのはじまりなのではないだろうか。

それは同時に、新たな苦しみのはじまりでもある。

やがて君になる(3)
仲谷鳰
2016/11/26
616円
178ページ