松浦理英子の新連載ヒカリ文集完結
第1回 2019年群像8月号
第2回 2019年群像12月号
第3回 2020年群像10月号
第4回 2021年群像4月号
第5回 2021年群像9月号
そしてこれをあげるのは2022年2月23日で単行本発売。
単行本発売までに最終回の感想をあげてしまうと支障が生じるかもしれないと自重してきた最終回までの感想。
ファンとして初めて追うことができた連載で、連載期間は私生活のほうが激変したこともあってとても感慨深い作品。
ここまでのあらすじ
今は行方がわからない劇団NTRの姫だったヒカリについて元劇団員たちが文章をよせる形式のヒカリ文集。
前回は久代、というより悠高と久代とヒカリの回だった。ヒカリを主軸にマノン・レスコーの劇をやり劇自体は成功したものの、「ひょっとするとあの時、わたしに裏切られたとか突き放されたと感じはしなかっただろうか」という久代の不穏な独白もありつつ終わる。
最終回であるということは事前に告知されていたので、残った優也の回と短いエピローグで連載は完結。
「いつも味方でいてくれてありがとう。」
優也の回はこのヒカリの一言にすべてが詰まっている。
優也はこれまで出てきたヒカリの相手である雪実・裕・朝奈・悠高・久代と比べてひとつ下の世代で、いままで登場シーンが少なかったのでどういうキャラなのかあまりよくわからなかった。なんなら初回の悠高の作品では腹に一物抱えてそうなヤバい人、くらいの印象を持ってた。
結果的にはヒカリに対して最も「理解」に近づいた感じだった。
手記を書き上げるのに苦労した、という言い訳がましさから始まる優也の回顧の中心は、劇の「マノン・レスコー」でヒカリと相手役となったときのエピソードが大半を占める。
これまでのヒカリの相手たちが劇でヒカリを輝かせようとしている傍らで、これまでは遠巻きに、共演中は近い位置でヒカリをみていて、ヒカリのもつ寂しさに気づいていく。
気づいていくものの優也も結局恋愛感情があることをヒカリに告げる。告げたあとに笑顔の気配を消すヒカリの反応はなかなか緊張感がある。
告げたあとのシーンがこの章の一番の見どころで、優也は自分の望んでいることを出しつつもヒカリの希望に沿うようなことをいう。
「あるのかないのか証明できなくて伝わりもしない本物の愛より、偽物であっても目に見える笑顔の方が人の役に立つと思います。」
たぶん物語中でこれが一番ヒカリを動かした言葉で、そういう意味で優也はヒカリを唯一口説けたのかもしれない。
恋愛感情を抱いてないという意味では久代との関係がヒカリにとって最も穏やかだったんだろうけど、ヒカリが求めているものはそれだけではない。ヒカリが求めている親密性というのは恋愛ではないけれども一般的な意味での友人というよりももうちょっと感情がいる。
NTRの面々との歴史があって、ヒカリにもなにか残るものがあったとすれば、それは救いに思えた。読者の視点からみた幻想なのかもしれないけど。
エピローグ、全体を振り返ってみて
最後に裕と雪実のやり取りがあって文集は終わる。
はじめて読んだときは率直にいえば、これで終わっちゃうのかー、もうちょっとヒカリについてないかなー、と思った。現在のヒカリがでてくるとか。
でも時間をおいて頭から読み返してみるとヒカリという人物像がちゃんと繋がるように描かれていて、余白が心地よいように感じた。これ以上描かれたら過剰に感じるかもしれないと。
悠高の章なんかは時系列的には最も後ろだから読み返してみると人物像に新たな発見があって面白い。そして、他の人物にとってヒカリは適度に過去の人になっているのに悠高が思い出の中のヒカリの魔力に引き寄せられたという事実(そして原因はともかく死んだという結果)が物悲しい。
ヒカリ文集という作品をどういうふうにとらえるか。
単行本の帯をみるとファム・ファタール物として売っている。実際マノン・レスコーというモチーフがあってそれを、相手に破滅ではなく光をもたらしているという意味では再構築している。
それとは別に個人的に感じたのは、恋愛関係に拠らない人物像を巧みに描いていて、非恋愛的関係性の領域を広げたと思う。
アセクシャルやアロマンティックという志向が知られつつある時代においても、まだ創作において非恋愛的な領域を自然に扱うのは技術が要る。恋愛という概念は歴史があってそれ自体の概念も拡張しやすく包摂性があるため、非恋愛的関係であることを喧伝するとどうしてもその部分が際立ってしまう。
ヒカリというキャラクターがアセクシャルやアロマンティックという概念にあてはめられるかはおいといて、その人物像を一冊かけて他者の視点から考えさせることで、その恋愛的な意味で「人を愛せない」という性質を吸収できるように仕上げていると思う。
「人を愛せない」というと非人間的なイメージになってしまいがちだけど、ロボットみたいと言われつつもヒカリというキャラクターはとても人間味あふれてて魅力的になっている。
最後にキャラクターへの感想。
破月悠高
全編読んでみていちばんかわいそうな感じのある人。死んだ瞬間は穏やかであってほしい。厳密な意味で彼も一人称視点部分がないんだけど、描かれている情報からはどういう内面だったかは想像しやすいのはかわいらしい。
真岡久代
最も掴みどころがない人。ヒカリよりもないかも。個人的な感覚としてはヒカリよりもアロマンティックに近いような気もする。
彼女とヒカリの関係が途切れてしまうディテールが欲しかったような気もする。彼女がヒカリに求めるものが少ない、他人に求めるものが少ないからだと想像してるけど。そういう意味ではヒカリよりもドライ。
鷹野裕
この物語は彼の語りで始まるけど、一人称での鬱屈した中年男性の彼と他者からみたNTRのスターだった彼のギャップがかなりあった。松浦理英子ファンの目線からいっても男性のほうが描くのが苦手な感じがあるから、このキャラが最も苦労したんじゃないだろうか。
彼の章では雪実のことが多く語られるのに比して雪実の章ではそんなに彼のことが語られないのが割とかわいそう。一部小説だって最後にばらされちゃうし。
飛方雪実
従来の松浦理英子小説のキャラクターの最大公約数に近いイメージ。テロリストと呼ばれて喜ぶのかわいい。
ヒカリとは天国にも地獄にも行けなかったけど、バイクの後ろに誰も乗せないというヒカリとの約束はきっと守られ続けることでしょう。
小滝朝奈
話としては彼女の章が一番好き。若いときに同性愛関係をもってその後異性と結婚する、という昔から割とあるタイプの人物像を松浦理英子が力を入れて描くとここまで味わい深くなるという例。
彼女だからこそ性行為なしでもヒカリが親密になれて、でも彼女がヒカリに恋愛関係を求めてしまう気持ちもわかるという、結ばれえない関係。
秋谷優也
読んでて最も印象が変わった人。悠高の章とかエチュードとかだともっと爆弾を持っているのかと思った。久代ほどヒカリに求めるものが少なくなく恋人関係を望んでなおヒカリの味方でいられたという結末に、作中で最も光を感じた。
賀集ヒカリ
通しで読むと、彼女自身は対人関係に求める親密性があって彼女なりに試行錯誤しているのがわかって愛おしくなる。大勢の人を愛するという方法で彼女の求める親密な関係が得られたかどうかはわからないけど、どちらにせよ彼女にもNTR時代を穏やかな気持ちで振り返ることができるようあってほしいと思ってしまう。