四半世記

感想文ページ(ネタバレあり)

ヒカリ文集その3(小滝朝奈)

 

第2回が2019年11月7日発売の群像12月号、第3回が2020年9月7日発売の群像10月号と唐突に10か月も待たされた松浦理英子の新連載ヒカリ文集。

訓練されたファンならこれくらい慣れている・・・とまではいわないけど、個人的には資格試験を受けようと思って娯楽を制限して試験が終わったタイミングででたから僥倖だった。でも試験勉強をしながら毎月群像のラインナップをみては連載がないことに気を揉んでいたので無事にでてくれて嬉しい。

 

ここまでのあらすじ

 

今は行方がわからない劇団NTRの姫だったヒカリについて元劇団員たちが文章をよせる形式のヒカリ文集。

前回までで悠高・裕・雪実の3人の文章があり、残るは久代・優也・朝奈と人数的には折返しのところまできた。

当時の時系列でいうとヒカリは劇団に入ってから雪実→裕の順番でつきあって別れたというところまで語られた。

そして第3回の語り手は朝奈ということになる。

 

バストサイズがFカップ

ひどい見出しだけど、これはインパクトがあった。松浦理英子という人は40年以上作家経歴をもっているけれど、私が知る限りでは胸のサイズを売りにしたキャラクターはこれが初めてじゃないだろうか。異色のキャラ付けだ。

 

朝奈の文章は「あたし」からはじまる。

この最初の3文字を見た瞬間、これまでの語り手とはタイプの違う人間だとわかる。前回の雪実の章の冒頭では一人称に関する劇団員たちの見解が描かれている。雪実と裕は性別が前面にでる一人称を使わず、悠高は逆に台本では女性の性別を感じさせないことばを頑として採用しなかった。

こうした一人称の議論に朝奈は登場しておらず、自然にあたしという一人称がくる。流れ変わったな。

実際、文章を書く仕事をしていた・書いている・しているらしいこれまでの3人と違い朝奈の語り口はなんというか素朴。

 

朝奈の経歴は典型的・古典的とさえいえる要素を含んでいる。

Fカップという武器によるものか劇団NTRに入る前の時点で豊富な男性遍歴を持っていて、しかし朝奈自身は大した性欲があるわけではなく、性行為をすると優しくなる男の性質を利用して自分に冷たい男を選んで利益を得ていた(直接的な金銭という意味ではなく)。

朝奈は現在は異性である男性と結婚しているらしく、元劇団員たちのなかではもっとも波乱がなさそうなその後になっている。

男性と関係が途切れない女性が大学生時代に同性と恋愛した、今は異性と結婚している、という経歴だけを取り出すと、古典的すぎていまは逆に珍しいキャラクターにもみえる。

 

にも関わらず、というかファンが期待する通りにこのキャラクターは新鮮味がある。Fカップという要素を満を持してもってきた感があるんです。

 

ヒカリが好きだからずっと一緒にいたい

 

朝奈の劇団NTR生活は、中学時代以降切り捨てていた同性との関係構築に注意を向けるところからはじまる。

最初に注意を向けたのは雪実だった。まあオープンなレズビアンだし。

しかし一人称の議論からもわかる通り朝奈と雪実はタイプが違う。朝奈が雪実に関心を向ける一方で雪実のほうはそっけなく、Fカップも通用せず、しまいには「わたしを使って自分探しをしないで」と言われてしまう。朝奈が雪実に抱く感情が興味・憧れ・腹立ち・闘志と移り変わる様は百合を感じるけれども。

そうこうしているうちに雪実がヒカリと付き合い、朝奈の関心もヒカリへ向いていく。雪実と近い関係だった裕も書いていなかった、雪実とヒカリのズレについて述べているのがとても興味深い。

そしてヒカリが裕と別れたあと、朝奈の番になる。

 

朝奈とヒカリは似ている点がある。年上の男にもてたところとか、自分のほうはそんなに感情をよせていたわけではなかったところとか、自己肯定感があんまり高くないところとか。

朝奈が雪実や裕と違うタイプの人間であるところがヒカリと接近させ、見出しのストレートな告白につながる。

 

朝奈は、雪実よりヒカリに近くてもヒカリと同じものをみているわけではなく、雪実がヒカリにみていたようなほの暗い面をもっていない。裕や雪実、そしてヒカリが癖のある家庭環境の持ち主だった一方で、朝奈にはそういう話はでてこない。

朝奈がいわゆる”恋人らしい”接触を求めたことで二人の関係の均衡は崩れ、3か月という期間の限定を受けて二人の恋人関係は完結する。

悲劇的、に思えてしまう。語り手の朝奈がある種の諦念をもっていて雪実ほどの執着がないから余計にそう思う。朝奈とヒカリが求めるものが同じであれば関係はずっと続いたのだろうか。そういうロマンを想像しちゃう。

 

「どのくらいならつき合える?」という朝奈の問いに「……3か月くらいかな」というヒカリ。今回の話ではヒカリの内面が結構見えた気がする。サービス精神に満ちているようにみえるヒカリでも相手の熱量を受けきれるのは3か月なのか。

朝奈は3か月の期間限定の前半を素晴らしい日々だったと回想しているけれど、もしかしたら朝奈がストレートな告白をしてから”恋人らしい”接触を求めるまでの間ヒカリも同じように感じていたかもしれない。悲しい。

 

今後の楽しみ

今回は朝奈の立ち位置やヒカリの関係が綺麗にハマっていて、すごく好きな話だった。松浦理英子という人は技巧的にも書けるのだけど、古典的な設定の素朴な語り手でこの味わいを出せるのかと。個人的には歴代のなかでも上位にくるパート。続きを読みたい熱が高まっている。また10か月、ひょっとしたらそれ以上空く可能性もあるけど…

 

残っているのは久代と優也。たぶん次は優也なんじゃないかと思う。

優也は下級生だからか今までの登場人物とそんなに関係が深くなく、登場回数も少ない。でもエチュードなんかのエピソードで出てくるととても目立つ独特な感じ。ヒカリとの関係もこれまでとは違う感じになりそうで楽しみ。

久代はちょくちょく登場はするがキャラが薄い気がする。薄いままで終わるということはないだろうから、どんな刃があるのか。悠高・ヒカリとの三角関係も期待。雪実・裕とヒカリは事実としても感情としてもかぶってる期間はなかったけど、悠高・久代とヒカリはかぶってるかもしれない。