四半世記

感想文ページ(ネタバレあり)

アマチュアが垣間見た法曹の世界 ―分野別実務修習感想

 

分野別実務修習とは

 

司法修習において時間的に最も大きな比重を占める修習、それが分野別実務修習

www.courts.go.jp

ごく簡単にいえば司法試験に受かったけどまだ法曹になってないアマチュアが裁判所・検察庁・弁護士事務所に行って実地で研修をする機会。

修習生にとってこの分野別実務修習が自分の選ぶ道を決める最後のタイミングであるし、法曹側からすると採用活動の場であるという側面もある。

法曹三者の流動性はそれほど高くないので、多くの人はこの実務修習が自分の選ばなかった道がどういうものなのかをうかがい知ることができる最初で最後の貴重な機会。

 

守秘義務の関係上具体的な事件がどうだったというのは書けないので、一般人~司法修習生というアマチュアにとってどういう経験だったのかを残しておきたい。

 

なお、74期の実務修習は2021年5月から12月上旬までの間の7か月ちょっとの間だった。

 

裁判修習

裁判修習共通

裁判修習は民事・刑事のそれぞれ2回があった。

裁判所の裁判修習全体で感じたのは、裁判官という職業はなかなかトレンディということ。

事件のなかで新しい要素が出てくれば裁判官は当然調べるし、調べるレベルとしても一般人が想像するよりは深い。

例えば配信ネタが訴訟になっていれば当然それに関する諸々は調べるわけだ。

だから法曹のなかでは一般人が想像しているよりは世の中のトレンド全体について敏感なんだなと思った。特に若い人は。

法律実務の世界においても裁判官がトレンドの発信源であることが多い。実務マニュアルは裁判官が執筆していることが多いし、トレンド自体が裁判官の間で共有されている様子もあった。

そういう意味では権威的にも実際のインフルエンサーとしても法曹間でのヒエラルキーを感じた。

 

民事裁判修習

民事裁判修習はとにかく色々な事件の記録を読めるのが楽しみ。世の中にはこういう事件こういう人こういう考え方があるんだなー、というのが新鮮だった。

一方で民事裁判の期日は1か月に1回くらいしか来ないので事件がその後どういうふうになったかという答え合わせはほぼできない。いろいろな事件をみられる一方でその事件のほんの一部しかみることができない。

民事裁判修習で印象に残ったのは和解の多さ。

裁判官の立場からすると和解できるものはしたほうが仕事が楽になる。判決文を起案してみるとより身に染みるけど判決文を書くのは骨が折れるし、本当にその判断でいいか考えるのはしんどい。

実務における争点整理や事実認定はかなり定式化されているので、多くの裁判官は事件の落としどころは早い段階で目途をつけているように感じた。

一方で、一般市民からすると裁判する場合は相応の覚悟を決めて金も払って心して臨むことが多い。そもそも弁護士に相談に行くこと自体もハードルが高い。

ここに悲しいすれ違いがある。民事裁判をすると何回かのタイミングで和解を勧められるけれども、一般市民からすると意を決して持ち込んだのに肩透かしを食らわせられる気分だろう。

こういう構造は、裁判官が世間知らずと謗られる一因になってるかもしれない。

 

刑事裁判修習

刑事裁判修習は民事裁判よりは手続全体を見ることができる可能性が高い。

事件によっては当日中に判決手前まで行く。それに裁判員裁判を集中して見る機会も組まれるだろう。

修習生はおよそ裁判官以外で裁判員による評議を傍聴することができる唯一の存在といっていいから、評議の傍聴は希少価値が高い。

傍聴して思ったのは生活に余裕があれば裁判員は充実した経験になるだろうな、ということ。裁判官は垣根をつくらないように振る舞っているように感じたし、裁判官がそういうふうに振る舞っている場は他にはなかなか思いつかない。

ただ、数日間にわたり長時間拘束されてよくわからないなか手続をみたり意見を述べたりするのは負担としてはかなり重いので、生活に余裕がなければ逆につらい経験になりかねない。

刑事裁判は民事裁判と比べて事件の類型のバリエーションは少ないけどキャラクターというのは感じやすい。たった一度の過失犯でも気の毒になるくらい法廷で青くなっている人もいれば、数え切れないくらい万引きを重ねてきて無の表情で手続が終わるのを待っている人もいる。

傍聴人の豊富さも刑事裁判の特徴。祈るように判決を待つ被告人の親族らしき人もいれば、いつもトラブルを起こすために職員から警戒態勢で臨まれている傍聴マニアもいる。

そういう様々な人間模様を人を目の前に見ることができるのは面白い。

 

裁判官の採用活動

話の方向を少し変えて、裁判所は裁判官の採用に苦しんでいるように感じた。

裁判所が欲しい人材のタイプは、一言でいえば若くて優秀な人。司法試験を上位で突破して修習においても事実認定を初めとする実務をしっかり学び、積極的に起案をする人だ。

しかしこういう層は司法試験に受かる前にいわゆる四大を筆頭とする大手事務所から内定をもらっていることが多い。もっといえばローにいる頃から青田買いをされている場合もある。

大手事務所ともなれば執務環境が整っておりオゴリ攻勢も凄まじい。そうやって歓待を受けていれば修習に来る頃には最後のモラトリアムを楽しむ気分になっている。

一方で裁判所は、もうとにかく予算がない。市民の目も厳しいのかもしれない。定時を過ぎて裁判官誰も帰らないのに空調が止められる様はおよそ正気じゃない。

裁判官の給与は法定されていて、なかなかの右肩上がりっぷりだけど初年度から1000万円を超える大手事務所と比べるとインパクトがうすい。

elaws.e-gov.go.jp

実際は給与所得である点や福利厚生等を考慮すると生涯年収は初年度のインパクトほどの開きはないけれども、ストレートに修習生になる層でそれをこの段階で実感している人は多くないはず。

私は裁判官を志望していないから他人事だったけれど、裁判所全体としてはもうちょっと修習生に対して採用活動の一環であることを意識したほうがいいんじゃないかと思ってしまった。修習生には挨拶しない職員もいたし。

 

検察修習

検察という組織

検察修習は、私の観測範囲ではという注釈付きで、最も好き嫌いが分かれた修習だった。

検察修習はそのクールの修習生全員を同じ部屋に集めてそのなかでさらに班をつくり複数人態勢で捜査をする。この集団行動は修習生間の関係を親密にもさせるし破綻が生じることもある。

部屋も官庁なので当然広い部屋じゃない。74期は修習全体を通してコロナ禍だったのでそもそもこの態勢でよく大規模クラスターが起こらなかったなと。

検察は職場として大きな組織な感じがある。会社に近いかもしれない。

裁判官と裁判所書記官の関係よりも検察官の検察事務官のほうが壁がないように感じた(あくまで私が体験した範囲で)。それに検察の場合は警察という実働部門がいる。検察は対裁判所のための渉外部門という感じ。

検察内部の力関係でいうと、修習生が体験する範囲では捜査方針を定めるときに権限者の決裁を受ける。裁判官同士は判断においては比較的水平に扱われるのに対して検察官は明確に上下関係があるのも特徴。だから法曹のなかでは体育会系な雰囲気がある。

ここまでの表現だとネガティブよりな印象を与えるかもしれないけど、検察は検察で他の法曹と比較できない権力の強さというものも特徴としてある。

検察のもとに届く捜査資料を読むと、「ひとつの事件についてこんなに情報を収集してるのか」という感想が浮かんでくる。財産犯であれば金の使途も問題になるわけで、その人がキャバクラにどれくらい通っていて嬢にどんなメールを送っているかも調べられてしまうわけ。

検察官の採用活動

検察の組織に感じた感想としてはとにかくアクの強い組織だなーということで、それは修習中の採用活動にもあらわれてた。

修習生ひとりひとりと面接して意向を詳しく調査する一方で、採用説明会なんかではほんとに採用する気あんのかという内容を説明したりする。ついてこれるやつだけついてこい的なね。

検察における司法修習生の採用活動は裁判所のそれよりももっとシンプルで、検察という組織に適用できるかどうか。成績も考慮要素であるけれども比重が高くはないから、裁判官の採用と比べると構造上の不利は抱えていないと思う。

でも検察という組織の体質自体が今の世代に合ってない、より正確にいえば長だったり決裁官にいる世代の立場の人々の感覚が今の世代と合ってない感じはする。検察の指導担当世代はその板挟みになっていて、そういう世代間の問題で採用が難儀している雰囲気は合った。

取調べ

検察修習の華はやはり取調べ。実務修習は研修といえど見学的な要素が多いなかで実務を直接体験できるというのはありがたい機会だった。

修習生が担当する事件は比較的軽い罪の、被疑者が犯行を認めている事件なんだけれども、その人のバックグラウンドだったり動機だったりを、関係ないことを喋りたがる相手をうまく操縦して聞きたいことを喋らせるのは骨だった。

機嫌よく喋ってくれたほうが引き出せるんだけどうまく誘導しないと機嫌を損ねてしまうから。

あと引き出したことの裏をとってみたらまるきり嘘だったりして洗礼を受けたりもした。

総じて最もコミュ力を要求される修習。

 

弁護修習

弁護修習になってようやくわかること

弁護修習は配属される事務所によってする経験がかなり違うから、一般化はできない。

私が配属された事務所はそこそこの人数の弁護士がいて安定的な顧客も抱えていてなかかなかに忙しそうだった。

そういう事務所に行って感じたのは、世間的には弁護士業は下降線なんだろうけど成功すると町弁でも稼げるんだなーということだった。

今はインターネットの情報社会になったとはいえ、単価が安い案件であってもそれなりの費用がかかるからリアルな繋がりによる口コミ、いわゆる紹介というやつもかなり重視されている。

この事実を修習に行ってようやく実感したわけだけれども、弁護士事務所選びというのはなかなか難しいと思った。

すなわち、司法試験合格者が弁護士になる場合は、

①予備試験合格後~司法試験合格発表前

②司法試験合格後~修習前

③修習中

という3段階の就職時期がある。

①は企業法務系大手事務所、②は一般民事系大手事務所や採用に金をかけられる中規模事務所や首都圏の事務所、③は地方にある小規模事務所が傾向的に多い。

成績的に優秀な層ほど早い段階で決まりやすいんだけど、自分がどういう分野に向いているのかとかどういう規模の事務所に向いているのかって成績と直接関係しない。

にもかかわらず就活時期が年単位で離れすぎているため比較ができない。

まあ①のほうが離職率が低いというデータはあるわけなんだけれど実際にそれが自分にとって適性かどうかはわからないところがあるよなーと。

(参考引用)

note.com

 

弁護修習中に自分のやりたかったことと内定先の乖離を感じて就職活動を再開する同期もいたし、弁護士事務所の内側に入ってみてやってみてわかることも多かったというのが正直なところ。

もし修習に入る前にこの記事を読んでる人がいるなら、弁護修習にきて気が変わったり内定先へ感じてた違和感が露見することもありえるからそうなったときに身軽に動ける心の準備はしといたほうがいいよと伝えたい。

 

弁護士の身の置き場

あとは法曹界で評判がいいというのと顧客から評判がいいというのは違うんだろうな、というのを弁護修習で最も感じた。

裁判所にとって都合の良い弁護士は、法曹間で共有している(あるいは裁判官が思っている)落としどころにむけて当事者を説得してくれる弁護士。ただ、それが露骨すぎると裏で繋がってるんじゃないかと当事者に疑いを抱かせることになる。

時には無理すじにみえたり法的には意味のない主張をしたほうが顧客の溜飲を下げることになる。

裁判官に対して幻想を抱いている人は一定割合でいて、自分の愁訴を手紙にしたためたりということもあるのだけど、私が見た範囲ではそれが読み物以上の意味をもって顧みられたことはない。

弁護士がどちらにとって都合の良い存在になるのかは難しいところ。

 

全体として

司法修習のなかで最も長い期間ということでここに書いたこと以外にも新しい世界をみることができて楽しかった。

けれども全体としてコロナウィルスによる自粛ムードが高かったため飲みに行ったりという機会はほとんだなかった。修習地や弁護士事務所によってはあったかもしれないけど。

だから特に裁判官や検察官の本音という部分の話をあまり聞けなかったのは大きな機会損失だったなと。

仕方のないことだけどね。74期は司法試験の延期にはじまってずっとこれがついてまわってる。