四半世記

感想文ページ(ネタバレあり)

禍福は糾える縄の如し

気づけば6月も終わり、延期された司法試験まで1か月半を切った。

延期の間私はなにをしていたか、なにもしていなかった。

 

5回目の司法試験を受けるにあたって仕事をやめるかやめないか、悩んだ挙句にやめなかった。このことについての心境は4月6日の日記に書いた。

4月当初はこの選択が悪い方向に作用していた。異動によって赴任した先はいうなれば未開の地で、どういうふうに仕事をするのかの整理もされておらずツールもなかった。

4月末から5月にかけては午後11時くらいまで残って家に帰ったらひたすら眠るだけだった。

当初の予定通り5月に司法試験があったらほぼ間違いなく落ちていただろう。

 

しかしコロナ禍。

司法試験は8月に延期され、世間はウイルス拡大のリスクか経済活動停止による窒息か難しい二択をせまられている。

忙しいながらも労働による金銭を得られているのであるから恵まれた立場にある。

もしも試験のために仕事を辞めていたら・・・

生活費は底をつきバイトを探すのも難しく仮に受かるにしても働ける時期が延びて経済的に破綻していたかもしれない。豊かな現代にあっても身を持ち崩すのは一瞬。

忙しい日々のなか、仕事のほうも最悪の繁忙期を抜け、仕事の効率的なやり方も編み出し、毎日定時帰りとはいかないながらもそこそこの時間に帰れるようになった。反撃の態勢は整ってきたといえる。

試験まで1か月半、例年の3月末くらいの時期と考えると異動による労働環境の悪化をなかったことにできる時間をなしにできたのでは。

私はコロナ禍で利益を享受している数少ない人間なのかもしれない。

 

とはいえ、専業受験生と比べたら時間は少ない。

今後の勉強方針は、予備校の公開模試は見送り、新司法試験の過去問と択一の過去問をやっていきたい。

主な理由は2つで、

①3月に受けた辰巳の公開模試では合格水準を少しだけ上回る点数をとれたこと。可能性があるというイメージを持っておきたい。

②本番を4回こなしているという特殊な経験を生かして、どういうふうにすればよかったのかをもう再度確認したい。

働きながら受けたここ数年間での私の知識量と筆力は、経年による劣化とささやかな補充で波打っており、あまり変化していない。実際模試の結果も過去と同じようなものだった。

だから、新しい付け焼刃を必死に取り繕うより、今の実力でなんとかするならどういうふうにすればよいのかを追い求めたほうがワンチャンスあるかなと思った。この方向性が正しいのかはわからない。

力を注ぐ順は択一、選択科目(知的財産法)、刑法、刑事訴訟法、民法、民事訴訟法。

公開模試や答案練習会でやばかった順。

 

そして規則正しく生活して毎日風呂に入ること。コンディションのため。

本番で致命的なミスをしないように祈る。納得できればそれでよし。

 

 

とポジティブな調子で書いたけど、そもそもの不安要素もかなりある。

6月末現在、世界的にみればコロナによる新規感染者は増加傾向にある。日本でのそれも勢いをぶり返しつつあり、再延期も可能性もありえる。

再延期になった場合、そもそも受験しに行けるのかは不透明。延期された日程の8月12日~16日のお盆期はなんだかんだ理由をつけて休めそうなのだけれど、それ以外の時期だとまとまって休みをとるのは難しそう。そして、お盆に休むことを職場で宣言してしまったため、再度まとまった休みをとるのはかなり骨が折れそう。

 

そして、そもそも試験を感染せずに受けられるのか。

数百人の受験生、延べ4日の長期間、狭い空間で密になる。なにも起こらないはずがなく・・・

アメリカでデモがあった州で感染が拡大するデータをみると自宅待機は効果があるんだなあと素朴に思ってしまう。

司法試験の延期日程発表が思ったより早かったことや合格発表の日程がすでにされていることから、最悪でもお盆の日程でやりたい再延期は厳しい、という雰囲気を感じる。

しかし世間の風当たりはどうか、万が一クラスター感染が発生してしまった場合はどうなるか・・・

まあ私は今年が最後だからリスクが高まっていようと受けないという選択肢はないですけれども。

 

禍福は糾える縄の如し、という言葉のとおりコロナ禍で比較的「福」を受けていた私の身に真の「禍」が降りかかってきても不思議ではない。

そう思っておこう。