四半世記

感想文ページ(ネタバレあり)

娶(めとり) 感想 凋叶棕

everyone is ー alien to me

(CDの英文より)

 

RD-soundsという方の主催する凋叶棕という音楽サークルがコミックマーケット95(2018年冬)に発売された「娶」という東方アレンジアルバムについて

 

公式ページ

http://www.rd-sounds.com/c95.html

 

曲目は

1. 祝言 cho. めらみぽっぷ

 原曲:童祭 ~ Innocent Treasures(夢違科学世紀)

2. あの日のサネカズラ vo.めらみぽっぷ

 原曲:今昔幻想郷 ~ Flower Land(東方花映塚)

3. ??の花嫁 

 原曲:平安のエイリアン(東方星蓮船)

4. 伴に歩くその心 vo. ランコ

 原曲:華のさかづき大江山(東方地霊殿)

5.  ミノキチグリーフシンドローム 

 原曲:クリスタライズシルバー(東方妖々夢)

6.  meaning of life vo.めらみぽっぷ

 原曲:封じられた妖怪(東方地霊殿)

7. モノガタリの裏側 

 原曲:ネクロファンタジア(東方妖々夢)

8.  [SiO2]の瞳 vo.nayuta

 原曲:衛星カフェテラス(大空魔術)

9. T/A/B/O/O vo.めらみぽっぷ

 原曲:山奥のエンカウンター(東方天空璋)

10.  創られゆく歴史 

 原曲:プレインエイジア(東方永夜抄)

11.  蛙姫 vo.めらみぽっぷ

 原曲:明日ハレの日、ケの昨日(東方風神録)

12. 鳥よ vo.nayuta

 原曲:風神少女(東方風神録)

    風の循環 ~ Wind Tour(東方文花帖)

13. 東方人妖小町 vo.めらみぽっぷ

 原曲:東方妖怪小町(東方永夜抄)

   

 

娶は「異類婚姻譚」という異色なテーマを据えたアルバム。

一般的に異類婚姻譚は伝承や説話という形であらわれる。最も有名なのは鶴の恩返しだろうか。どのような文化がその話を産み出したのか、そこになにかしらの教訓を見出すべきなのか、広く研究されているところである。

本作品においての「異類婚姻譚」は、一言でいえば「人間」と「妖怪」の在り方とその関係性としてあらわれている。それは必ずしも婚姻という形式であらわれるとは限らず、より広い「共生」というほうがニュアンスとして近いかもしれない。

東方projectにおいてフューチャーされるキャラクターのほとんどは少女であるが、幻想郷という空間にはそれ以外の存在もいる。作品に出てくるキャラクターの背後にある世界の構造を深く掘り下げる試みということでかなり意欲的な作品になっている。

 

音的には、いわゆる和風のアレンジがかなり強調されている。インストは完全に和風統一。

マルチジャンルを謳う凋叶棕においてここまで音に”色”が出ているのは初めてなのではないだろうか。それだけ今回のテーマは意識して作りこんでいるということなのだろう。

 

現時点(2019年初頭、発売から1週間くらい)では感想を書いていてよくわからないところも多いし、他の人の考察も読みたい段階ではある。異類婚姻譚自体への理解が浅いというところもある。

ので、考え方が変わったりしたら更新していこうと思ってます。

 

 

 

 

 

 

1. 祝言

「行く末永く うつろうことなく」

原曲:童祭 ~ Innocent Treasures(夢違科学世紀)

 

Chorusという見慣れない表記が目を引く1曲目、歌詞カードに歌詞の表記はない。

祝言という題名、聞こえる歌詞からおぼろげに想像するに神社での婚姻の際の祝詞ではないかと思われる。

「かしこみ」をGoogleに打ち込むと予測変換に祝詞が出てくる。恐(かしこ)み恐みも白す、とは神職が奏上するう祝詞の結尾として一般的なもののようである。

神社で「恐みも申す」というときそれは一般的には祀られている神、あるいは八百万の神とそれに象徴される万物が対象である。しかし、信仰心の薄い現代人としては婚姻においてはなによりも目の前の相手がその対象と思ってしまう。

祝いと呪いは紙一重ということで。

 

平成も終わる現代では、結婚式は形式として割り切って日頃信じてもいない神の前で永遠を誓う層が大半だと思うけれども、もしも信仰心があったなら自分が信じている神の御前で永遠を誓ってしまったらそれを破るのは信仰を捨てるのに近いのだろう。

そうでなくなったのは幸か不幸か、ともあれ今作はそういう幻想入りした婚姻像も片隅にイメージしておくといいかもしれない。

 

博麗神社ソングということで望の「博麗神社演舞奉納神事」と併せて聞きたいトラック。

 

 

2. あの日のサネカズラ

「けれど今 あなたはここにいることはない」

原曲:今昔幻想郷 ~ Flower Land(東方花映塚)

 

凋叶棕ではいつも泰然としたポジションにいる風見幽香ソング。

幽香と花、これも異類といえる。花が枯れ種が芽吹きまた咲くというサイクルを伴にするのはケッコンということもできよう。

歌詞を表面的にみれば幽香と花の在り方だけれども、子孫をなして死んでいくという点で花を「人」としてみて人妖の関係というふうにもっていくこともできる。というよりもそういうふうにも読むべき歌なのだろう。

 

妖怪の視点でみると80年程度で一生を終える人間は、個人として認識することは困難で種族単位でしかみれないのかもしれない。霊夢が「博麗の巫女」として認識されるの同様に。

でも、花と同じく短いがゆえに彩りというのもきっとあって、それがこの曲では音で表現されていると思う。主旋律は大きな起伏があるわけではないけど、背後のメロディはとても鮮やかなのでヘッドホンで聞くべき。今昔幻想郷のメロディが後ろで盛り上がってくその様を。

 

 

3. ??の花嫁

原曲:平安のエイリアン(東方星蓮船)

 

平安のエイリアンといえばおどろおどろしい曲。よくわからないものの曲。

だけれどもこのアレンジはかなり穏やかに始まる。全体を通しても完全に安らげるというわけではないけれども原曲から比較するとゆったりしたアレンジに感じる。

花嫁とついてるので結婚したての本気を出してないイメージなのだろうか。そう想像すると逆に結構漏れ出てるものがあると思ってしまうけれど。

「恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる」という格言があるけれども、途中ちょっと視力が戻りかけてるかもしれない。

 

 

4. 伴に歩くその心

「いづれか音をあげる 一世一代限りの根競べを」

原曲:華のさかづき大江山(東方地霊殿) 

 

嘘と慟哭(綴収録)以来の鬼曲。そのときもランコさんがボーカルだった。鬼担当?

勇儀は東方にあって二次創作でもキャラがぶれにくいキャラで、この歌もストレートにかっこよさが表現されている。

人と鬼の間に隔てる壁をもろともしないような力強い言葉、これはきっとプロポーズですね。即堕ちものですよ。

力強く引っ張ってくれるだけでなく、その先に待つ厳しさも”優しく”教えてくれる包容力。

 

こういう関係も人と鬼であるがゆえに嘘と慟哭で描かれるような結末を迎える、というのが冷徹で悪趣味な解釈。

それでも勇儀の場合は、そんな結末を迎えてもまた人とこういう関係を結べる強さがありそう。それくらいの力強さ。

 

 

5. ミノキチグリーフシンドローム

原曲:クリスタライズシルバー(東方妖々夢)

 

クリスタライズシルバーという横文字の原曲がここまで和風になるのか、と驚くアレンジ具合。この曲も横文字だけれども。

文字だと表現しづらいんだけど、50秒すぎからはじまるたたったたー、というリズムがとても癖になる。

 

昔語り感のあるアレンジと同様、雪女の伝説は日本各地に数多ある。 

そのなかでも知名度がある小泉八雲の「雪女」には巳之吉という少年が出てくる。これがきっとミノキチだろう。

小泉八雲の「雪女」は青空文庫のページで読むことができる。

粗筋をいうと、巳之吉という美少年は18のときに雪女に遭うが誰にも話さないことを条件に見逃される。翌年雪女にそっくりなお雪という女性と会い、結婚し、二桁を超える子供をつくり、老いたあとにふと雪女の話をすると、お雪は自分がそのときの雪女だと告げ子供がいることを理由に巳之吉はまたも見逃され雪女は消えてゆく、という話。

数々の説話と同じく、この話も自分がはじめに抱いた感想をはっきりした形でいうのは難しいのだけれど、あえていうのなら吹けば飛ぶんだなあということ。

あらゆる関係性は明示黙示問わない様々な約束事の上に成り立っていて、それが末永い関係であっても雪のように吹けば飛ぶ。

雪のように冷たいのは吹くほうか、飛んでしまうほうか。

 

  

6. meaning of life

「それが愛かね?」

原曲:封じられた妖怪(東方地霊殿)

 

騙の(I'm gonna eat you up !)を思い出す捕食曲。そこはかとないエロさがある。

歌詞で語りかけているの黒谷ヤマメだろうか。ヤマメの言うことを信じるならば、捕食された方もそれを望んでいたということになる。

曲調的にじめじめ鬱屈した情念を感じるけれども、それは捕食されるほうの片思いにすぎない。捕食する妖怪からすればまさに「あなたは今まで食べてきたパンの枚数を覚えてるの?」というわけで、薄暗い情念を抱かれてもへぇ?で終わる。でもそれが自然的な人と妖の在り方。

だから、ボーカルのめらみぽっぷさんの「そんな無茶なやり方で」のほんの少し嘲笑うような歌い方が最高なのだ。「そwんな」って感じの。

 

捕食曲ではないけれども好んでやられるという点では徒の二色蝶を思い出す。あのブックレットの霊夢よりはヤマメは”妖怪”な顔をしているけど。

このテーマには少し性癖を感じますね。

 

 

7. モノガタリの裏側

原曲:ネクロファンタジア(東方妖々夢)

 

これはもう次の曲の前振り以外の何物でもない。

悪いことが起こる前触れ。

 

1分45秒くらいからの旋律がすごく好き。

 

 

8. [SiO2]の瞳

「ー誰だって皆 朽ちていく。 心の中でさえ。」

原曲:衛星カフェテラス(大空魔術)

 

今作で一曲推すとするならこの曲。とても幻想的なメロディーだから。ずっと聞いていられる。

 

まず異類婚姻譚というテーマで人間(たぶん)二人の秘封倶楽部が出てくるという時点でろくなことにはならない。試聴時は紫とメリーの関係性に新しい視点が加わるのかと思ったけど、違った。

 

この曲は終始「」で区切られた蓮子の語りとして歌詞が記載されている。そして「メリー?」と尋ねたあとのセリフは【】で区切られている。

また、ボーカルはnayutaさんソロとなっている。凋叶棕の秘封曲は役割がはっきりしていて、メリーがめらみさんという部分は崩していない。だから、【そうね、わたしもそう思うわ】と返しているのはメリーではないとはっきりいえる。

蓮子がメリーを模した完璧な存在を造ってしまったというのが普通の解釈だろう。不気味の谷という用語が使われていることも解釈の理由となる。人に近すぎて嫌悪感を抱く領域を跨いだ先にある、人間のような存在。

 

SiO2は二酸化ケイ素であるが、音ではガラスと歌っている。

二酸化ケイ素を規則的に並べると石英で不規則に並べるとガラスになるらしいのだが、不規則に並べた結果完璧な存在になるというところに神秘を感じる。

蓮子がなぜこのような所業に及んだのかはわからない。メリーになにかしらがあったのか、メリーが存命なのにこうしたのか。

しかし、歌詞中の蓮子はとても幸せそうといえる。ガラスの瞳を覗き込んだら映るのは自分の姿であろうが、その何もかも凍てついた姿が安らかになったというのだから。

なぜこの曲が異類婚姻譚なのか、人間とガラス。有機物と無機物。心の中に留めおいたとしても記憶は朽ちていく。永遠の感情を誓うならその対象も永遠たらしめようとするのは、永遠というものに対して誠実といえるのかもしれない。

 

この曲が歌う状況がどんなに奇妙でも、衛星カフェテラスの旋律と宇宙を感じるアレンジが押し流してくれる。ワンダリアのException()もそうだけど、個人的にこういう系統のアレンジはそれだけで良くなっちゃう。

 

この曲でひとつ分からないのは、1回目のサビの〇の彼方というところ。文字がいまいち読めないのだが閾でいいのだろうか。境界刺激という意味的にはありそうだがいき、しきいという音は違う。他の人の考察も見てみたいところ。

 

 

9. T/A/B/O/O

「ぼくはすすんで、耳を塞いで、ただ寝て居たいよ」

原曲:山奥のエンカウンター(東方天空璋)

 

異類婚姻譚メタ読み歌。

多くの異類婚姻譚は相手が人ならざるものであることについて気づかないままでいることを要求し、人間がそれを破るという構造になっている。例えば鶴の恩返しを読んでると、せっかく素敵な娘ができたんだから見るなといわれたら見なければいいのに、という素朴な感想。

じゃあ見ないようにしたらどうなるか、というのがこの曲。

コメディチックで曲調も軽快だけど、当人しかわからない緊張感と切実さがある。こうして描かれてみるとこの緊張感が永遠に続くのはきついかもしれないね。

 

「見るな。知るな。疑うな! 訊くな。探るな。理解るな!」の一節は絶対的一方通行を思い出す。秘封曲をトラック続きで歌詞カードも見開きになっていることから、両者は対比されているのだろう。

この曲はこの一節はそっと囁かれるように歌われているのもポイントだと思う。厳しく禁じられるほうが破ってしまいたくなる。

でも実際どうでしょうね。現代的にいえば結婚相手が浮気してるかもしれないときに携帯を覗き見るかどうかみたいな。物語的には見ないと始まらないけれども、現実は一生見ないという選択をする人もそれなりにいるかもしれない。

私は見る派だけれども。知るために見るけれども、それは「聖域」から遠ざかることかもしれない。

 

 

10. 創られゆく歴史

原曲:プレインエイジア(東方永夜抄)

 

とてもすがすがしいメロディで前二つの曲がリセットされる。ある種超越的な視点というか。

「創られゆく」というネーミングがとても含蓄深くて、一般的には異類婚姻譚は人間が語っていくものなんだけれども幻想郷の場合はどうだろう。

幻想郷で歴史に関わる存在といえばこの原曲の上白沢慧音、人間よりの立場であるとはいえ慧音は半人半獣で、その彼女の残す「正しい歴史」とはどういうものなのだろうか。妖怪に近づくべきでないと異類婚姻譚を否定するのか、成功するための秘訣例えば禁忌に近づかないことを教えるのか。

どちらも近づかないことが重要。

 

 

11. 蛙姫

「されどその姿は蛙の姫とぞ」

原曲:明日ハレの日、ケの昨日(東方風神録)

 

試聴段階からこの曲は怖かったけどやっぱり怖かった曲。怖いというよりおそろしい、恐み恐み。

これは洩矢諏訪子が人間の夫を迎えたときの話だろうか。諏訪子が早苗の遠い先祖というのは公式設定だし、CDを外したバックインレイの絵に早苗が描かれているということはたぶんそういうことだろう。もはや昔話を超えた伝説の域の時代の話である。

バックインレイ絵といえば、他は登場キャラが描かれているのに諏訪子曲だけ早苗なのは非常に大きい意味がありそう。わからないけど。

 

この曲は、まず絵がすごい。蛙の眼をしている。爛々としている様の綺麗さと不気味さ。

歌詞もなかなか。「長き夜の戸を開けるまで」とか「望みを果たすがいい」とかストレートに夫婦の契りを要求しているのだけど、それを果たしたら存在ごと喰らわれそう。実際、この曲は性行為そのものというよりは王国の繁栄のための子孫を要求している。

 

そうして築いた王国も神奈子の侵攻によって変質してしまうという未来。

それでもその血筋自体は早苗に繋がっている。

蛙姫との異類婚姻で生じたこの2つの結果をどのように受け止めようか。

 

 

12. 鳥よ

「わたしだけがそれを受け入れられずに」

原曲:風神少女(東方風神録)

   風の循環 ~ Wind Tour(東方文花帖)

 

 

非常に感傷に訴えかける歌詞とメロディ。まさに人間側の物語。

この曲はロマンティックに解釈することができるしそちらのほうが素直だと思うのだけれど、私はどちらかといえば妖怪よりのメンタリティなので、最初に浮かんだそちらよりの感想を書きたいと思う。

気分を害してしまったらごめんなさい。

 

 

鳥と異類婚姻譚というとやっぱり鶴の恩返しだろうか。こちらは若い男を主役とする鶴女房感があるが。

「唐突すぎる終わり」というのは鳥の姿を見てしまったからだろうか。禁忌を破って「わたしだけがそれを受け入れられず」と今際の時まで引きずるのは人間らしい。

実際のところ、この老人の見た鳥がそのときの鳥だとは思えない。絵では射命丸文らしき人物が描かれているが、天狗としてのドライさをもつ彼女が描かれていることで、死に際の老人が自分の見たい幻を視ただけなのかもしれないと思ってしまう。

天狗の表情が描かれていないというのもミソで、単に翼をもつ存在の象徴なのかもしれない。その表情は冷淡かもしれない。 

風の循環という日常感のある原曲が使われていることかこの光景自体も幻想郷のよくある光景かもしれない。

 

人間は異類婚姻に幻想を持ったまま逝き、妖怪はそのまま日常を生きる。こんなに捻くれて解釈しても成立するのだから物語の懐は深い。

 

 

13. 東方人妖小町

「だれもしらない なにもしらない けれどひとはいきていく」

原曲:東方妖怪小町(東方永夜抄)

 

人と妖が「共生」してる幻想郷をストレートに生々しく描いたラストトラック。

試聴コーナーではロングversionでさえ途中から始まってたから、この曲を初っ端聞いたときはあまりにも闇で始まってびびった。

 

ジャケットに写っているのは望の童遊の子だろうか。幻想郷の象徴として描かれているのかもしれない。

町行く者たちは人も妖も入り混じっている。たぶんこの子も異類婚姻をどこかで経た子供なのだろう。諏訪子が早苗の遠い先祖であるように、この町中を歩いている妖怪がこの子の先祖であるかもしれない。

でもそんなことをこの子は認識しないし、祖先たる妖怪のほうもこの子に気づかないだろう。それが「決して理解らぬ者」と「決して続かぬ者」が共生することの意味。

時に異類婚姻によって人の血が続いていく、異類婚姻が妖怪への幻想を増幅させて妖怪の力となる。誰もがそれを知っているけど自分がなにからできているのか、なにを産み出したのか、それは知らない。

人も妖も違いなく誰のこともわからない、まさに「everyone is alien to me」というわけである。

 

素晴らしい世界観だと素直に思う。異類婚姻自体は禁忌的に捉えられることが多いけれども、それが暗黙に存在して幻想郷のパワーバランスを維持している解釈は間をついてきた感じがする。

日常の一寸先は闇が取り巻いている、伝統的な和の文化。

 

往々にして人は、自分の血筋を残すことには必死だけれど前の血筋には無頓着なところがある。3代も遡ればもうわからない。

そう、私も自分が誰からできているかは知らない。何が先祖なのかはわからない。

これからはこういう心持ちで墓参りをしていきたい。