ヒエラルキーを覆そうとする攻撃的な物語たち。しかしそれは、哀れにも・・・・・・
(CD帯文より)
RD-soundsという方の主催する凋叶棕という音楽サークルがコミックマーケット94(2018年夏)に発売する予定で、6月8日に発売された「逆」という東方アレンジアルバムについて
公式ページ
http://www.rd-sounds.com/c94_seal_inside.html
逆(さかさ)は、「逆転」をテーマにしたコンセプトアルバム。
東方で逆転をテーマにしたキャラといえば鬼人正邪。ということで彼女が大きくフューチャーされている。公式ページurlの「inside」の部分を「outside」に変えると、正邪のためのページに行くことができる。
他にも、C94の発表日である6月8日に発売されたとか、歌詞カードを真ん中から折り返すと本来の曲順になるとか、正邪の曲だけ曲目リストになくてCD帯文裏に記載されているとか、様々な「逆転」要素がちりばめられている。
先日申し上げたとおり、コミケの次の日からということでしたが、もちろんいつもどおりメロンさんでも頒布開始しています!
— RD@凋叶棕 (@rdwithleaf) June 8, 2018
会場にお越しにになれなかった方はぜひこちらでもどうぞ!
逆(凋叶棕)の通販・購入はメロンブックス https://t.co/Xhs76HV4kb
曲目は
1. Uprising Ideology vo.めらみぽっぷ
原曲:リバースイデオロギー(東方輝針城)
2. ノーモア、エニモア?モアーモア?! vo.めらみぽっぷ
原曲:永遠の巫女(東方靈異伝)
原曲:魔女達の舞踏会 ~Megus(秋霜玉)
4. 至天 vo.めらみぽっぷ/nayuta
原曲:クレイジーバックダンサーズ(東方天空璋)
5. revoke
原曲:秘神マターラ ~Hidden Star in All Seasons.(東方天空璋)
6. 『異聞』正義の味方 vo.めらみぽっぷ
原曲:輝く針の小人続 ~Little Princess(東方輝針城)
原曲:神話幻想 ~ Infinite Being(東方怪綺談)
8. アノインシスター vo.めらみぽっぷ
原曲:ハルトマンの妖怪少女(東方地霊殿)
9. Enslaved
原曲:古きユアンシェン(東方神霊廟)
10. 話九十九節 vo.めらみぽっぷ/nayuta
原曲:幻想浄瑠璃(東方輝針城)
11. Downfalling Ideology vo.めらみぽっぷ
原曲:リバースイデオロギー(東方輝針城)
7つのボーカル曲のうち4つが輝針城からとなっている。全体からみても11曲中7曲が神霊廟以後からきており、新しめの曲が原曲が多い。
新しいモチーフが多いということは、二次創作の文脈の蓄積も少ないということなので、初心者に優しい。
今回はキャッチーに盛り上がるフレーズも多いので、凋叶棕入りたての人にも強くおすすめできる。
もちろん凋叶棕に慣れてる人は必聴。
1. Uprising Ideology
「お前がかつて抱いた感情 それがお前の正義だろう!?」
原曲:リバースイデオロギー(東方輝針城)
逆というアルバムは鬼人正邪のための一枚である。
ライブナンバーっぽく煽り口上が用意されているけど言い慣れてないっぽい感じが演出されていて微笑ましく思えてしまう。
内容的にはトラック6と11と一体であるといえるため、詳細はそちらに譲る。
強調しておきたいのは、正邪の曲部分は公式ページで「かくも哀れな物語達」と位置付けられていること。
2. ノーモア、エニモア?モアーモア?!
「もしかして空飛ぶのは、堕ちるときの気持ちよさ—―?」
原曲:永遠の巫女(東方靈異伝)
原作でも二次創作でも妖怪たちをしばいてる博麗霊夢のイメージ逆転ソング。
被弾して堕ちていく毎日、そんなのもういやだ?それとももっともっと?
後者の意味でとるとドM巫女という姿がみえてきてしまう。墜ちるではなく堕ちるという文字を使ってるのも性癖を感じる。
しかし、ファンタジーっぽく聞こえるこの曲は実は弾幕シューターの日常なのである。
ほとんどのシューターは数えきれない被弾の後にクリアに辿り着くのであり、なんど被弾れても「もっと!もっと!」と求めてしまうのは他ならぬシューターたちなのである。
クリアできなくて「これでいいんじゃない?」(やっぱダメかな、ダメよね・・・?)と葛藤するのもシューターたちのしがない現実。そしてなかには完堕ちしてしまう人も・・・?
頭が春なようにみえて現実の厳しさを突きつけてくるシビアな一曲なのである。
3. ヘクセン・タンツは斯くの如くに
原曲:魔女達の舞踏会 ~Megus(秋霜玉)
西方projectの秋霜玉という作品に魔理沙が霊夢とともにゲスト出演したExステージのテーマ曲が原曲。
ヘクセン・タンツは魔女の舞踏会をドイツ語にしたものと思われる。
このアレンジはかなり原曲に忠実である。
原曲はそこはかとない魔女っぽさがあるのだけれど、魔理沙本人にはあまりない。だから、原曲に忠実にするほど魔理沙っぽくなくなっていく。
そこが逆転要素の一つなのだと思ったり。
ちなみに凋叶棕楽曲では魔理沙の魔女イメージはマッドパーティー(綴・改)で開拓されている。
4. 至天
「人の魂の器の弱さよ その為に今 われらがある!」
原曲:クレイジーバックダンサーズ(東方天空璋)
クレイジーバックダンサーズは天空璋5面ボスである爾子田里乃と丁礼田舞のボス戦BGMである。
このバックダンサーズである二童子は天空璋のラスボスである摩多羅隠岐奈の部下であり、魔力によって使役されている支配関係がある。バックダンサーズは隠岐奈の魔力によって人間でなくなり、隠岐奈の意のままに踊る存在である。
この二人の設定は結構凄惨にみえて東方では重い設定に入る。
この曲はその設定を逆転させて、この二童子が主を選別するような歌詞になっている。
我らがなにもかも捧げるから血も肉も骨も心も魂も失ってもその座にすすみ偉大なるものであれ、と。
これぞまさに信仰の本質というか、人が神になることの恐ろしさが描かれていると思う。風神録・星蓮船・神霊廟の宗教三部作でなく天空璋からこの内容の曲が出てくるという意味で。
音的な感想としては、ツインボーカルの凄まじさが際立っている。自分で歌ったら喉が潰れるんじゃないかという部分があるのだけど、そこで二人の声がピッタリ合っている。
その他の部分は畳みかけるように被せる歌い方なので、その超高音部分が映えるのだ。
あと「さあ さあ さあさあ!!」のひとつずつ声色が違うところもすごく好き。
アルバムの中からクオリティの高さで選ぶならこの一曲になると思う。
5. Revoke
原曲:秘神マターラ ~Hidden Star in All Seasons.(東方天空璋)
前曲を受けての天空璋のラスボスである摩多羅隠岐奈のインスト。
隠岐奈は東方史上初の6面とExボス単独兼任なので、テーマソングも二つある。そのなかでExのテーマである秘神マターラを選んできた意味とは。
Exのほうが隠岐奈の真の姿を表しているということになっている。混沌とした神の姿の集合体、ひとつの確固たる独立の存在でなく。
それは二童子の献身を失えば、取り消し(Revoke)されてしまえば力は失うということだろうか。
しかし一方で、天空璋では隠岐奈は二童子の後継者を探していたのであり、隠岐奈が二人に与えた力を取り消すという意味にもとらえられる。前曲を踏まえるとこの方向も逆転要素がある。
どちらがいいでしょうかね。
6. 『異聞』正義の味方
「嗚呼、何故!何故かと訊いたのか? 己見下げる影よ。何故“道具”が意義を問う」
原曲:輝く針の小人続 ~Little Princess(東方輝針城)
この曲は四次創作ともいうべき背景がある。
まず、東方輝針城が大元である。下剋上をたくらむ天邪鬼である鬼人正邪が、小人族の姫である少名針妙丸が嘘の歴史を吹き込んで打ち出の小槌を使わせ、弱者による反逆の異変を起こす。そして、異変が解決されたら針妙丸を見捨てて逃げる。
この輝針城のストーリーをもとにした二次創作、凋叶棕の奉というアルバムにて『 輝針「セイギノミカタ」』という曲がある。騙し騙された関係であるとはいえ、与するもの一人としていないお互いが“正義”の名のもとに手を組んだという面が強調された内容となっている。概ね、騙されてなお自らの“正義”を貫く針妙丸がカッコよくみえる曲となっている。
その三次創作として、幻想物語寄稿集‐金‐という凋叶棕の東方アレンジをテーマにした短編小説集の一作として、「正義の味方」という小説がある。こちらは、正邪は針妙丸が小槌に産み出した“道具”としての存在であり、正邪の讒言もすべて針妙丸が仕組んだものだった。そして、利用された正邪は誰からも顧みられることなく小槌に回収された、という内容である。まさに輝針城のストーリーの逆転。
そして、その小説をもとにした楽曲としてこの曲が存在する。ここまでネタばらししてしまえばこの曲の描くところは明らかであろう。歌詞カード絵も針妙丸が正邪を糸で操っている。正邪の二曲に対する「哀れな物語達」という形容も納得できてしまうところである。
輝針「セイギノミカタ」が正統派な二次創作であるのに対して『異聞』正義の味方はラディカルな二次創作になると思う。しかし、ラディカルなほうに“正義の味方”と漢字で命名されているのは逆転みを感じる。
正邪という存在が、予定調和な異変の解決を基本とする東方のなかで異変終了後もなお対立構造があるという点で、イレギュラーな存在であり、それに対する一つの解釈という感覚がある。
いずれにせよ、どちらの曲においても針妙丸はかっこいい。ダークヒーローとしても、むしろそのほうがかっこいい。「何故」と何度問われようと正義は揺らがないのだ。
姫というのは傲慢であればあるほどいい。
ちなみに、この曲は作詞とアレンジは小説「正義の味方」の作者であるとものはという方がされていることとなっている。
曲を聴くまではゲスト参加かな?と思ったりもしたけれど、こういう曲をつくれる人は世界にも数人といないだろう。まさに裏で影を引くこの針妙丸像はこの人から産まれたのだとわかる。
7. 交響詩「魔帝」より Ⅱ.神話幻想
原曲:神話幻想 ~ Infinite Being(東方怪綺談)
交響詩「魔帝」シリーズは徒というアルバムで「Ⅲ.戴冠式」が出ている。徒は2013年なので5年ぶりにつくられたということになる。
戴冠式のほうの原曲はフクレシュティの人形師であり、アリスの曲だった。そしてⅡのほうの原曲は神話幻想、つまり神綺の曲である。
神綺とアリスといえば魔界の創造主と魔界人である。ただ、戴冠式の原曲がブクレシュティであり今回の神話幻想にもブクレシュティの曲が使われていることを考えると、Win版のアリスが関係していることとなる。
旧作アリスとWin版アリスの関係は謎多き点なので今はそっとしておく。
8. アノインシスター
「だからダメなんだよ、お姉ちゃんはね。」
原曲:ハルトマンの妖怪少女(東方地霊殿)
メロンブックスの紹介文によると「ロックでパワフルなアレンジに乗せお届けする」本作であるが、この曲はそのコンセプトから少し離れてるかもしれない。でも刺さる人にはすごく刺さる曲。この曲が一番良かったという人も一定数いそう。
「だからダメなんだよ、お姉ちゃんはね。」という1フレーズでこの曲は言い表すことができる。古明地姉妹の厄介な姉妹関係。
「だからwだめなんだよw おねwえwちゃんwはwねwww」というめらみさんの歌い方がとても素晴らしい。
アノインシスターはannoying sisterが自然な読み方だけど、あの陰(キャ)お姉ちゃんがハイセンスだと思う。
ころころ調子をかえてさえずりまわるこいしがそれこそ「くるっと回って可愛い」。
姉に対して優越感?嫉妬?執着?いろいろな感情が「狂っと」してて万華鏡のよう。ところどころくるっとブーメランしてるようなのもご愛敬。
だけれど、歌詞カード中の□■の部分を見る限り、こいしの表情も声も心も、もしかしたら存在もさとりは認識できてない(してない)で一切伝わってない。
そこがたまらなく古明地姉妹。
厄介な関係が好きな人にはきっと気に入ってもらえると思う曲。
9. Enslaved
原曲:古きユアンシェン(東方神霊廟)
こちらは神霊廟の主従、霍青娥と宮古芳香の曲。
霍青娥と宮古芳香の関係も隠岐奈と二童子と似たエグさがある。ただこちらはキャラ設定txtではなく求聞口授という書籍で明らかにされた。曰く、札を剥がし邪仙の呪縛から解き放たれれば生前の行動原理にもどり呆然と歌を詠んでいるとのこと。
Enslavedは奴隷にするとかとりこにするという意味らしい。
青娥と芳香の関係が逆転したと短絡的に解釈してよいかは迷うところだが、ユアンシェンの優雅なメロディにリジットパラダイスっぽい音が入ってきて騒がしくなる構成なのは確か。しかし最終的にはユアンシェンのメロディが勝っているようにもみえる。
10. 話九十九節
「さあじゃんじゃかべんべけべんべかどんどかどんどかどんどんと」
原曲:幻想浄瑠璃(東方輝針城)
天空璋で二童子が出たせいで存在感が希薄になることが危惧されている九十九姉妹の歌。このアルバムではツインボーカルの重なりを生かすという点で至天と違う方向で味が出ている。
まずこの曲は盛り上がる。楽器の付喪神がテーマだけあって、楽しそうなメロディ。
そして幻想浄瑠璃の最も盛り上がるメロディがサビの裏で流れる。このメロディがあってこその幻想浄瑠璃。
さらに自分で歌おうとしても口が回らない擬音語のフレーズたち。これがツインボーカルで綺麗に歌われるのだから盛り上がらないわけがない。
個人的な一押しは「その何もかも未だ聞かず」のnayutaさんの歌い方。このおしゃれ感が指示なのかアドリブなのかわからないけれど、とにかく最高。
いけいけどんどんな歌詞の中で「私を、鳴らして。」の解釈が難しい。 自ら音を発して演奏できる能力である九十九姉妹がそういう意味。
いつかは、という言葉がついているからには現段階では自分で音を発することができる。だけれども付喪神の反逆の時が終わってしまえば道具に戻る。琵琶も琴も古い時代の楽器だけれども、自ら発する音は新しく、平曲(ふるきうた)をやってさえも魂を湧き立たせる力がある。だから・・・
うーん、「貴方を、鳴らして。」という部分につながらないのでしっくりこない。
頭を空にして聞く曲にみえて実は深い意味があるのかもしれない。
11. Downfalling Ideology
「抱く思いをいま 形にせずままにして生きるなど」
原曲:リバースイデオロギー(東方輝針城)
最後に再び正邪の曲。
Uprisingのほうもそうだけれど、いわゆるAメロBメロサビが繰り返される構造ではなく様々なメロディが使われていることからもいかにこの二曲に手がかかっているかがわかる。
かくして哀れな結末を迎えた正邪だけれども、終わりとしてのこの曲は悲壮感はなくなおも変わらず世界を煽り続けている感じがする。
針妙丸が正邪を利用して目的を達成してもなお、お前はそれでよいのかと囁く。正邪としての存在は消えてもその下剋上のイデオロギーは生き続けて針妙丸と小人族を苦しめ続ける。そして打ち出の小槌の歴史は繰り返される。そんなふうにポジティブに解釈しても許されるのではないだろうか。
この曲の一番のお気に入りはこの世は坩堝~からの一連の口上。Uprisingの口上よりも軽快で乗せられてしまいたくなる。
これまでの凋叶棕のパターンだとこういう部分の歌詞はアルバム全体のまとめになっているのだけれど、この曲はあまりそのように感じない(ひょっとしたらまとめになっているのかもしれないけれど)。
なっていないのだとしたら、この部分は正邪のためだけにつくられた歌詞であり、いっそうの哀れがある。