四半世記

感想文ページ(ネタバレあり)

佐伯沙弥香の恋模様について思うこと ‐ やがて君になる感想(7巻)

 

7巻の感想を、当ブログではあまり焦点をあててこなかった佐伯沙弥香を中心に

スピンオフである佐伯沙弥香について1・2の内容にも少しふれつつ

 

1・2巻の感想はこちら

3巻の感想はこちら

4巻の感想はこちら

5・6巻の感想はこちら

 

7巻の粗筋

6巻では侑が燈子に気持ちを伝えて告白するところまで。

7巻は、侑と距離が空いた燈子に沙弥香が修学旅行で告白する、という部分が本筋。

 

沙弥香の立場からは侑と燈子の間になにかしらがあったというのは理解しているけれども、実際になにがあったのかは把握していない。探りもしていない。

だから、侑の告白から生まれた状況を利用しているわけではない。それでも、沙弥香が告白するきっかけはその状況を把握したからだった。

燈子が弱っている自分を他人に見せる、そういう状況。

 

この展開がいかにも沙弥香らしく、どうしようもないやるせなさを感じてしまう。 

 

佐伯沙弥香にとっての「好き」とその結末

「あなたは私の好きなあなたでいてくれるだろうっていう信頼の言葉」(112ページ)

これが沙弥香にとっての「好き」の意味。

これはたぶん、多くの人にとってそれなりにすっと納得できる言葉であると思う。すごくレベルの高い言語化。でも優等生すぎてちょっと物足りない感じ。

沙弥香の燈子への感情ははっきりしていて、高校の入学式での一目ぼれ(3巻45ページ)。どこを好きかというと、顔。これほどはっきりしている恋愛は創作では逆に少ないかもしれない。

 

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顔がいい

沙弥香の燈子へのアプローチもはっきりしていて、踏み入らないということ。

姉になろうとしてもともとの自分を嫌っていた燈子に対して、もともとの燈子の在り方について察しながらもそれには言及しない。燈子に自分を好きになってほしいと思いながらも、それを口にしない。

「でも私はきっと待ちすぎた 恐れすぎた」(127ページ)と沙弥香は最終的に総括しているけれども、じゃあ踏み込んだらよかったのかといわれるとそうでもないように思う。

沙弥香は沙弥香の立場でとりうる最善の選択をして、それは燈子が姉を演じ続けてる限りにおいては燈子にとってもベストの対応で、でも燈子が姉を演じなくてもよくなったから最善ではなくなった。

でも本当は沙弥香も燈子が姉を演じなくてよくなって燈子自身へとむけられる好意を、とりわけ自身の燈子への好意を受け容れてほしかった。

沙弥香が自分の望みを表に出さなかったのは戦略的な判断でもあるのだけれど、そうせざるをえない面もあって、恋愛シュミレーションゲーム風にいえば”詰んでた”という表現になるのかな。

ここがすごくやるせない。

 

そして、燈子をそのように変えた侑に対して、自分が望みながらできなかったことをした侑に対しては、恨むでもなく(ほんの少しくらいはあるかもしれないけど)「悔しいなあ」という言葉を漏らす。

なんてすがすがしい人間性。私は好きな言葉ではないのだけれど「いい女」という表現がぴったりだと思う。今はどうかわからないけど、人気投票で燈子を大きく上回っていたのもうなずける。

 

ともあれ、最善の選択をした沙弥香は燈子の特別の一端を手に入れたという結果が残った。

燈子が初めて告白に対して真摯に答えた相手だし、初めて好意を嬉しいと思った相手。

だからなんだただの慰めにしかならない、いや自分にも相手にも一生残る特別、どちらの見方もできると思う。

どちらにせよ、それが特別であることには違いない。

 

佐伯沙弥香の恋愛遍歴

スピンオフの佐伯沙弥香についてについても少しだけふれたい。

 

まず小学生時代の話。

いや、これがすごい味の濃いエピソードで。正直沙弥香についてはこれが一番印象に残ってる。

スイミングスクールで仲良くなりたいと沙弥香に絡んでた女の子。水中で首筋にキスされて、名前も語られないまま終わった女の子。

沙弥香にあわせて良い子になろうとしたりして、でも突然関係は終わってしまう。

そのことについて是非をいうつもりはないけれど、燈子と侑もそういうふうに終わる可能性もあったんだなーと思うと、恋の残酷さが際立つ。

 

そして中学時代の、漫画でも登場した柚木先輩。

この先輩は一昔前のちょっと同性愛要素も入れてみました系の作品にでてきそうな、典型的で憎たらしい人なんだけど。

小説での描かれ方は沙弥香もお試しで付き合ったわけだ。お試しで付き合って上手くいく関係もあるけれど、それには沙弥香は真面目過ぎたという悲劇。

でもキスをしたとたんに好きでないことを知ってしまう、この場面は少しだけ柚木先輩に同情してしまった。漫画を読んだ限りだともうちょっとくらいは恋に恋することを楽しんでいられたのだと思っていたから。

 

そしてこの次が燈子。

こうして並べるとなかなか波乱万丈。関係性でいうと燈子が一番穏やかなんじゃないかというくらい。

3つの関係をストーリー立てるなら、水泳小学生との関係では好意そのものが未知で怖くて逃げ出すしかなかったのが、先輩との関係では相手の望む形で好きというものをつくって、燈子との関係では相手の望む形を演じつつも最後に自分の「好き」をぶつけられた。

進歩している風に考えるとこんな感じなのかな。

進歩して関係性の作り方がうまくなったからといってうまくはいかないものだけれど。そもそもうまくなるということはあるのだろうか。

 

沙弥香の次の恋模様は漫画でもスピンオフ小説でもすでに予告されていて、「佐伯沙弥香について」シリーズは3が出ると。完全未知の領域の大学生編という予告なので予想を上回る展開を期待してしまう。「私はまた失敗するのかもしれない」という予告が不穏だけど。

漫画の時点では少し距離が空いた感じになってる燈子との関係がどういう風に落ち着くのかも楽しみだったり。

 

結び

佐伯沙弥香はおおよそできうる最善の選択をして、結果として恋に破れた。

そのことをしっくりくる言葉で言い表すのは難しくて、ささつ3で陽ちゃんとうまくいってればいいかといわれるとそうでもない。

沙弥香の「好き」はとても明確に定まっていたけれど、好きという感情がひきおこす諸々についてはより難しい。

 

 

 

やがて君になる(7)
仲谷鳰
2019/4/26
715円
185ページ